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福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(ワ)676号 判決

原告

大神靖夫

外一名

右原告ら訴訟代理人

新道弘康

被告

丸全昭和運輸株式会社

右代表者

中村全宏

右訴訟代理人

清原雅彦

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

布村重成

外五名

主文

一、被告らは各原告に対し、各自金一二九万八七二九円及び之に対する昭和四八年四月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は之を五分し、その一を被告らの連帯負担、その余を原告らの連帯負担とする。

四、この判決は、第一項につき、各原告において各被告に対し金三〇万円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。

五、但し、各被告において各原告に対し金八〇万円の担保を供するときは、その原告に対し前項仮執行を免れることができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「一、被告らは各原告に対し、各自金六六一万七一一三円及び之に対する昭和四八年四月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決並に第一項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、昭和四八年四月三日午後零時二〇分頃北九州市小倉南区曾根田中四組先路上において、訴外大神修司(当時一二年)が北九州市小倉北区方面から行橋市方面に通ずる国道一〇号線の路側帯附近を自転車に乗り同方面へ向け走行中、後方から同一方面へ向け進行してきた被告丸全昭和運輸株式会社が保有し且つその従業員である訴外馬場英敏が運転する普通乗用車(北九州五の五五八三号に頭部を轢過され、同訴外人は脳挫傷の傷害により同日午後六時五〇分頃死亡した。

二、前項交通事故は、訴外馬場英敏の後記過失と被告国の国道管理上の瑕疵が夫々原因競合して発生したものである。従つて、前者について、訴外馬場運転車輛の保有者である被告丸全昭和運輸株式会社が、自動車損害賠償保障法第三条に則り、亡修司及び原告らが事故により被つた損害を賠償すべき義務を負担したことは明らかであるが、後者について寸しく詳説すれば、亡修司が訴外馬場運転の普通乗用車に轢過されたそもそもの原因は、自転車運転中国道路面上に放置されてあつた拳大の石(レンガの破片)に乗り上げハンドルをとられて転倒したことにあるところ、事故現場である国道の管理責任者の被告国建設大臣は、国道上の障害物を除去して道路を常時良好な状態に保ちもつて交通の安全に支障を来さないよう努める義務があるに拘らず、之を怠つた、即ち、事故現場附近国道を直接に管理する被告国建設省北九州国道工事々務所行橋維持出張所係官は、その内規により少くとも毎日一回道路を巡回するいわゆる毎日巡回を実施すべきものとされているに拘らず、この義務を尽していない。確かに同出張所係官が当日事故発生前事故現場附近を車で通過した事実はあるが、右は他の用件の帰りに巡回を兼ねて通過しており、また毎時約四〇キロメートルの速度で一般車両の流れに従つて通過したにすぎないのであつて、このような管理態度をもつてしては道路状況の充分な把握は不充分であり、特に事故が発生した路側帯附近の自転車等に対する小障害物の発見除去を実効あらしめる目的からは全く意味がないというべきであり、この点道路管理者としての一般的な注意義務を尽したとは到底いい難い、従つて被告国は道の管理において瑕疵があり、国家賠償法第二条に則り、被告丸全昭和運輸株式会社と共に、亡修司及び原告らが事故により被つた損害を賠償すべき義務がある。

三、亡修司及び原告らが事故により被つた損害は左のとおりである。

(一)  亡修司分損害

(イ)  葬祭料 金三〇万円

(ロ)  逸失利益

金九五一万四二二七円

亡修司は死亡当時満一二才の健康な男子であり、同人が一八才で就職し、四九年間就労可能、平均賃金を昭和四七年度賃金センサスにより年間金六八万一六〇〇円、生活費三分の一控除、中間利息控除は新ホフマン式により、逸失利益を算出すると金九五一万四二二七円となる。

(ハ)  慰藉料 金三五〇万円

(二)  原告ら分損害

(イ)  慰藉料 各金二〇〇万円

(ロ)  弁護士費用 各金四六万円

しかして原告らは亡修司の父母であり、同人の死亡による相続によりその権利義務一切を各二分の一の割合において承継取得したものであるから、夫々各被告に対し、(一)の亡修司分損害計金一三三一万四二二七円から受領済の自動車損害賠償保障法による保険金五〇〇万円を控除した残金八三一万四二二七円の二分の一に相当する金四一五万七一一三円に(二)の(イ)(ロ)の合計金二四六万円を加えた金六六一万七一一三円の損害賠償請求権を有する。

四、よつて原告らは夫々各被告に対し、前項損害金六六一万七一一三円及び之に対する事故発生の日である昭和四八年四月三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、

被告ら主張の抗弁事実は全て否認する、被告丸全昭和運輸株式会社主張の訴外馬場英敏の無過失についていえば、同訴外人はその進路前方路側線上附近に亡修司ら四名の子供が走行する自転車四台の姿を認め乍ら、脇見運転をしたのみならず、警音器吹鳴、減速等はもちろん追越すべき自転車との側方間隔を充分にとる等の措置を講ずることなく自転車の右側方直近を漫然と直進しており、過失の責を免れないこと明白である、けだし、かゝる場合自動車運転者としては、自転車の動静に細心の注意を払い、いやしくも追越完了まで自転車に対する注視を怠るべからざることは言うまでもないことであるが、警音器吹鳴、減速をなし且つ事故現場附近の車道巾は3.5メートルあり自車体の巾は1.69メートルであつて修司ら自転車を追越すに当つて道路中央線寄りに進路を変更することは充分に可能であり且つそうすべきであつたに拘らず、同訴外人には之を怠つた過失があり、それが本件交通事故発生の一因となつたことは明らかであるから、被告会社が運行供用者責任を免れることはできない、と述べ、

証拠〈略〉

被告丸全昭和運輸株式会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担する。」との判決並に仮執行免脱の宣言を求め、答弁及び抗弁として、原告主張の請求原因第一項の事実は認める、第二、三項の事実は原告らと亡修司の相続関係は認めるがその余の点は不知ないし争う、被告会社には自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由が存するから運行供用者責任はない、即ち、訴外馬場英敏は修司ら四名の自転車を発見するや、時速四〇キロメートルに減速し慎重運転進行するうち、修司運転自転車との距離が五ないし七メートルに接近したとき、該自転車がいかなる原因によるものか明らかでないが、突然進路前方に倒れ込んできたので、急遽右に転把して急制動したが及ばず、事故発生をみるに至つたもので、その間訴外馬場にはなんらの過失はなく、事故発生の原因は一方的に亡修司にある上、同訴外人運転の車輛には構造上機能上何らの欠陥はなかつたから被告会社が事故につき運行供用者責任を問われるいわれはない。然らずとしても亡修司に事故発生につき重大な過失があることが明白であるから損害額の算定につき斟酌されなければならない。

なお、逸失利益の損害額算定に当つては、生活費控除は二分の一とすべく、中間利益控除方法はライプニツツ方式によるべきであり、且つ死亡時から一八才までの養育費は逸失利益の必要経費と同視して之を控除しなければならない、と述べ、

証拠 〈略〉

被告国指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並に訴訟費用を除く部分につき仮執行免脱の宣言を求め、答弁及び抗弁として、原告ら主張の請求原因第一項の事実は認める、第二項中事故現場附近道路の管理責任者が被告国建設大臣であることは認めるがその余の事実は争う、第三項中亡修司が死亡当時一二才の男子であつたことは認めるがその余の事実は不知、

一、被告国の道路管理に瑕疵はない。即ち道路管理の瑕疵とは道路の通常有すべき安全性の欠如を指称すると解すべきところ、仮に原告ら主張のごとく、拳大の石一個が道路上に存在したとしても、右事実が即道路の通常有すべき安全性の欠如を意味するものでないことは拳大の石一個の存在により通常一般交通に支障を生ぜしめるとは到底考えられないことから明白である。殊に自転車の場合にあつては、路上の石を自ら避けることが極めて容易である上、仮に石と接触しても通常の運転技術を有してさえおれば転倒することは先ず考えられないことからすれば拳大一個の石の存在が道路の通常有すべき安全性を欠く瑕疵あるものということはできない。

二、仮に拳大一個の石の存在が道路の瑕疵に当ると評価されるとしても、石の存在と事故発生の間には相当因果関係がないから、被告国に損害賠償責任はない。即ち、亡修司運転の自転車が転倒した原因は、道路上の石につまづいたか乗り上げたために非ず、相被告丸全昭和運輸株式会社の従業員訴外馬場英敏運転の車輛に先行するダンプカーが亡修司の側方を通過追越した際の風圧或は恐怖感が転倒の原因であつたとみるのが自然であるから、亡修司の自転車転倒と石の存在との間には何ら因果関係がないというべきであるし、仮に自転車の転倒が拳大の石に原因したとしても、相被告会社の訴外馬場英敏において、前方注視義務ないし安全運転義務を怠ることなく、減速、ブレーキ、ハンドル操作等を適切に行い自動車運転手として要求される通常の措置を講じてさえおれば、本件交通事故の発生は容易に避けられたことからすれば、事故発生は亡修司の過失の外訴外馬場英敏の過失に基因するものというべく、拳大一個の石の存在と事故発生の間に相当因果関係はないといわなければならない。

三、然らずとしても、本件交通事故の発生は被告国にとつて道路管理上不可抗力であつた。以下その理由を詳述するに、事故発生現場の国道一〇号線は昭和三四年四月一一日政令一一六号により道路法第一三条一項の指定区間となり被告国建設大臣が建設省北九州国道工事々務所長をしてその管理を行わしめていたものであるところ、同所長は所属職員をして、毎日(職員が勤務を要しない日を除く)巡回させ、道路の管理状況、特に路面、路肩、法面及び側溝等の異常の有無並に清掃、除雪及び凍結防止等の処理の適否等をパトロールさせていた外、月一回程度の夜間巡回、徒歩で二ケ月に一回程度の定期巡回、大雨、洪水、暴風、豪雪その他の災害が予想され又は発生した異常時における特別巡回を行わしめていた。

しかして本件事故発生当日の昭和四八年四月三日は、同事務所職員梶原健が午前一一時頃事故現場附近をいわゆる毎日巡回としてパトロールしたが、原告ら主張の拳大の石はもちろんなんらの異常も認めていないことからすれば、仮に事故発生当時拳大の石一個が存在したとすれば、事故現場の交通事情から推して、右巡回の午前一一時頃から事故発生の午後零時二〇分頃までの約一時間二〇分の間に通行車輛等から落石ないし放置されたものと考える外ないのであつて、かゝる短時間内に落下したと思われる拳大の石一個の排除を道路管理者に負担させ義務づけることは管理上不能を強いるものというべきであるから、被告国にとつて本件交通事故の発生は道路管理上不可抗力であり、損害賠償責任はない。

四、更に然らずとしても、自転車を運転していた亡修司にも事故発生につき重大な過失がある。即ち、事故現場附近は、見通し良好な、車道の巾員3.35メートル、路肩の巾員1.05メートルの平坦なアスフアルト・コンクリート舗装道であり、しかも当日は好天候であつたから、亡修司において前方注視義務を尽し進路前方の石を発見し適切なハンドル操作に欠けることがなかつたならば容易に転倒を避けたであろうに拘らず、右前方注視義務を怠つたか或は運転未熟のため適切なハンドル操作ができなかつた過失により転倒するに至つたものである。亡修司司の前方を同様自転車で走行していた友人の訴外下川誠は何ら異状なく事故現場を通過している事実からみても亡修司の過失は明らかであり、右損害額の算定につき斟酌されなければならない。と陳述し、

証拠〈略〉

理由

一事故の発生

原告ら主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、右当事者間に争いがない事実と〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(イ)  亡大神修司(当時一二年)は、昭和四八年四月三日、中学校入学前の春休みを利用し、学友三名と共に子供用二四インチ自転車に乗車し、苅田港のフエリー見物の目的でサイクリングに出かけたものであるが、同日午後零時二〇分頃北九州市小倉北区方面から行橋市方面へ通ずる国道一〇号線を同方面へ向け一列縦隊となり、約二、三〇メートルの間隔を保ち、道路外側線上附近を通常のサイクリング速度にて走行し、北九州市小倉南区曾根田中四組附近路上に差しかゝつた際、偶々道路外側線上附近にあつた拳大のセメントレンガの破片(八×六×七センチメートル)に自転車の前車輪を乗り上げて、進路上右側の車道内に転倒した。

(ロ)  一方訴外馬場英敏は、被告丸全昭和運輸株式会社保有の普通乗用車(北九州五の五五八三号)を運転し、同日同時刻国道一〇号線を小倉北区方面から行橋市方面へ向け時速四〇ないし五〇キロにて進行し、同所附近において前方35.28メートルの外側線上附近に亡修司の自転車を認めたが、減速、進路変更、警音器吹鳴、側方間隔の留意等特段の措置を講ずることなくその儘進行したのみならず、一時対向車線に配意する余り亡修司運転の自転車に対する注視を忘れ、9.60メートルに近接した地点において該自転車の転倒するをみて慌てゝ避譲せんとしたが及ばず、外側線の内側4.50センチメートルの地点において、自車左前車輪をもつて路上に転倒した亡修司の頭部を一瞬轢過し、同日午後六時五〇分脳挫傷の傷害により同人を死亡せしめた。

右(イ)(ロ)の事実が認められ、証人馬場英敏の第一、二回証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用しがたい外、亡修司の自転車転倒の原因について、訴外馬場英敏運転車に先行したダンプカーの追越による風圧或は亡修司の恐怖感が転倒の原因である旨の被告国の主張は不自然な憶測の域を出ないもので之を認むべき証拠はなく、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実によれば、亡修司及び訴外馬場英敏にも過失が存すること後記のとおりであるけれども、国道一〇号線の外側線附近路上にあつた拳大のセメントレンガの破片(八×六×七センチメートル)一個の存在が本件交通事故発生の一因となつたことが明らかである。

二被告国の道路管理の瑕疵

(1)  瑕疵

そこで先ず国道外側線附近路上における拳大のセメントレンガ破片一個の存在が道路管理の瑕疵に当るか否かについて検討する。

本件交通事故発生の現場である国道一〇号線の管理責任者が被告国建設大臣であることは当事者間に争いがなく、一般国道の外側線周辺道路は、車道、路側帯を問わず、道路交通法第一七条第一項、第一七条の三、道路法第四五条、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令第七条の趣旨から明らかなとおり、二輪自転車による通行が法律上認められ且つ通常予想される道路であるところ、外側線附近路上における拳大のセメントレンガの破片一個の存在が道路の瑕疵に当るか否かは、当該外側線路上周辺を含む本件事故現場附近の道路全般の具体的な道路事情と交通状況との関連において、それが自転車通行にとつて通常予期される安全性を欠くものとして一般的に許容されないか否かによつて決定されると解すべきである。けだし、道路開設者が道路を開設し之を一般通行の用に供するについては、安全且つ円滑な交通を確保するに足る維持整備に努むべきことはもとより当然であるが、その維持整備の程度は当該道路の具体的な諸条件に応じて一般の通行に支障を及ぼさない程度で足るのであつて、必ずしも道路を常時ないし全ての道路ないし道路部分について完全無欠又は最も望ましい状態におかなければならないものではない。例えば田舎道路と都市道路、高速自動車道と自転車道、自転車道と歩道、更には歩道にあつても環境次第で、自ら維持整備の程度が異るべきは至極当然であり、結局は当該道路の具体的な諸条件次第であるべき維持整備の程度が異つて然るべきものということができる。殊に土砂、砂利、小石等道路上の小障害物にあつては、道路が道路である以上、ある程度の大きさ、分量の存在は避け難い場合が多くあるのであつて、その存在が自転車一般の通行に支障を来さない程度として許容されるべきものか否かは、一に安全且つ円滑な交通確保という観点から当該道路の具体的条件に則して決定される外はないといわなければならない。

そこで進んで本件道路の具体的条件につき調べてみるに、〈証拠〉を総合すれば、次の(イ)ないし(ニ)の事実が認められ、他にこの認定を左右する証拠はない。

(イ) 国道一〇号線は、北九州市から行橋市、大分、宮崎を結ぶ唯一の幹線道路であるところから自動車の交通量は極めて多く、昼夜をわかたず大型のダンプカー、トラツク、バス等が頻繁に往来し、特に近年沿線に臨海工業地帯等が形成されたこともあつて交通量が増大したが、車道拡巾工事、バイパス開設工事等はさしたる進展をみないため、一般的にみて国道一〇号線の自転車通行は交通事故の危険にさらされることが極めて多い状況にあつた。

(ロ) 本件事故現場附近は、北九州市方面から行橋市方面へ向け極く緩やかに右カーブする見通しのよい非市街田園地帯の片側一車線道路であり、道路中央線と外側線の間の車道巾は、北九州市方面から行橋市方面へ向う下り車線についていえば、事故現場の手前(北九州市寄り)五、六〇メートルの地点までは3.5メートル、事故現場附近は3.15メートル、下り外側線の左側路側帯の道巾は、同様事故現場の手前(北九州市寄り)五、六〇メートルの地点までは2.5メートルあるが、同地点から事故現場の先までは急に狭くなり1.05メートル巾しかなく、道路全体が交通量の割には極めて狭隘であるため駐車追越禁止の規制区域とされていたこと、路面状況は車道路側帯共平坦で乾燥したアスフアルト・コンクリート舗装であり、道路両側は落差のある田園地帯である関係上自然的要因による落石の危険性等は殆どなく、従つてまた道路上の障害物はその大小を問わず少ないのが常況であつた。

(ハ) 本件事故現場附近は近在住民、学童等が多く自転車通行により之を利用したが、昭和四八年四月当時一日平均二万四〇〇〇ないし二万五〇〇〇台の自動車交通量があり、狭隘な道路事情と相まつて、昼間自転車により通行するときは路側帯周辺の走行以外は概ね考えられず、昼間の自転車通行にとつて、外側線周辺部分の道路はいわば必要不可欠な道路部分であり、之と接続する車道は通常疾走する自動車との接触の可能性が極めて高い危険な道路部分であつた。

(ニ) アスフアルトコンクリート舗装道における拳大のセメントレンガの破片(八×六×七センチメートル)の存在は、通常之が自動車のタイヤではねられて対向車輛の窓等を破損するおそれがあるのみならず、二輪自転車の走行に対しては、その速度、運転者(老若男女)、運転技術、乗り上げる角度等とも微妙に関連はするが、概ね自転車をふらつかせたり転倒させたりして、自転車の安全な走行を妨げる充分の可能性を有し、現に本件事故現場を直接に道路管理する九州地方建設局北九州国道工事々務所行橋維持出張所の道路管理係員は、道路巡回に当つては、右程度大の石ころが交通安全上障害となるところから之を撤去する必要を認め且つ発見したときは撤去していた。

右認定の事実関係からすれば、本件事故現場国道の外側線附近路上における拳大(八×六×七センチメートル)セメントレンガの破片の存在は、仮令その個数が一個であるにせよ、法律上認められ且つ通常予想される老若男女の自転車運転者の走行に対し、通常予期される安全性を欠くものとして一般的に許容される程度を超えており、道路の瑕疵ある場合に該ると認めるのが相当である。

被告国は、拳大の石一個の存在ごときは道路の瑕疵に当らない旨主張し、その根拠として、かゝる存在は通常一般交通の障害とならないし、又自転車の場合は自ら路上の石を避けることが極めて容易であり、更には通常の運転技術があれば自転車は石と接触して転倒することは先ず考えられないことを強調するが、第一点については道路の瑕疵は具体的な道路事情、交通状況に則して決められるべきこと前示のとおりであり、第二点は過失相殺の主張内容というべきであり、第三点については本件の場合必ずしも同被告主張のとおりとは認めがたいこと前判示のとおりであつて、孰れも採用の限りでない。

(2)  因果関係

また被告国は石の存在と事故発生の間の因果関係を否定し、仮に亡修司の自転車が石に乗り上げて転倒したとしても訴外馬場英敏において注意義務を尽しておれば事故発生はなかつた旨主張する。

然し乍ら、本件交通事故発生の一因が、後記のとおり、訴外馬場英敏及び亡修司の過失にあるとしても、それが即、石の存在と事故との因果関係を否定する論拠とならないことはいうまでもないのであつて、石の存在と亡修司の自転車の転倒、自転車の転倒と訴外馬場運転の自動車の亡修司轢過との間に客観的にみて通常原因と結果の関係を肯認できる場合においては、石の存在と事故発生の間に法律上因果関係ありとなすを妨げないところ、前認定のような本件事故現場附近路上の道路事情と交通状況及び後記のような訴外馬場英敏の過失の態様に照せば、亡修司の自転車が転倒した場合、後方から疾走し来る自動車に接触轢過される十分の危険性があることは客観的にみて通常予測されうるところであるから、石の存在と事故発生の間の因果関係に欠けるところはないというべきであり、本件交通事故は、結局、道路の瑕疵と後記馬場英敏の過失が夫々原因競合して発生した共同不法行為であるということができる。

(3)  不可抗力

ところで、被告国は、本件交通事故の発生は同被告にとつて道路管理上不可抗力であつたから損害賠償責任を負わない旨抗弁し、その理由として、同被告職員が事故発生一時間二〇分前に事故現場附近を巡回した際当該石は存在しなかつたから、僅に一時間二〇分内の間に走行するトラツク、ダンプカー等から落石したと推測される障害物について責任を問われることは管理上不可抗力を強いるものである旨述べるのであるが、当裁判所は結論として右主張には賛同しがたい。その理由は左のとおりである。

〈証拠〉を総合すると次の(イ)ないし(ヘ)の事実が認められる。

(イ) 本件事故現場を含む国道一〇号線は、昭和三四年四月一一日政令一一六号により道路法第一三条第一項所定の指定区間となり、被告国建設大臣が之を管理し、建設大臣は建設省九州地方建設局管内北九州国道工事々務所の行橋維持出張所長をして直接に管理を行わしめていた。

(ロ) 北九州国道工事々務所は北九州市小倉南区春ケ丘一〇番一〇号に、その行橋維持出張所は行橋市に各所在し、同出張所の所轄管理区域は、国道一〇号線に限つていえば、南は大分県中津市の県境まで、北は本件事故現場を通つて北九州市小倉北区三萩野までの46.583キロメートルであつた。

(ハ) 当時行橋維持出張所の道路管理は九州地方建設局の内規である同局一般国道指定区間巡回規程に則つて実施されたが、同規程は、指定区間内の道路の状況を常に正確に把握するため、巡回の種類及び内容、巡回担当者、巡回の実施、巡回結果の措置その他巡回に関し必要な事項を定め、もつて道路の構造の保全と円滑な道路交通の確保を図ることを目的とし(第一条)、巡回は、毎日巡回、夜間巡回、定期巡回及び特別巡回の四種類とされ、毎日巡回は、原則として毎日担当区域を一回以上巡回し、道路の管理の状況、特に路面、路肩、法面及び橋梁、側構等の異常の有無その他道路管理上必要な事項について実施され(第二条)、巡回担当者は出張所長から命ぜられその樹てた巡回計画に従い、巡回を実施し(第四、五条)、その結果を出張所長に報告し(第六条)、且つ所定の様式(毎日巡回日誌)に記載して記録すべきもの(第七条)とされていた。

(ニ) 然し乍ら、当時の行橋維持出張所における道路管理の実態は、前記内規の趣旨ないしその合理的解釈といさゝか趣きを異にし、道路巡回は他の用務と兼ねて行われることが多く、その際の巡回担当者は必ずしも所長が巡回を命じたものではないことがあり、また巡回の結果に異状がないときは口頭で所長に結果報告をするに止まり、毎日巡回日誌の作成をしない取扱いであつた。

(ホ) 本件事故発生の昭和四八年四月三日、行橋維持出張所道路管理係員梶原健は、小倉北区三萩野における道路法第三二条の立会事務のため(結果的にはこれも電話連絡で事足り、実際の立会事務はなかつた)行橋市から三萩野に赴いた際、当日の巡回命令は受けてなかつたものゝ、その往復の途次巡回を兼ね、復路午前一一時頃時速約四〇キロにて事故現場を通過したが、本件のセメントレンガの破片はもちろんなんら交通安全上障害となるべき異常を発見しなかつた。

(ヘ) 昭和四八年三月三〇日から同年四月三日までの五日間は毎日巡回日誌は作成されていないが、同出張所保有のパトロールカーの運転日報によれば、同出張所のパトロールカー二台は、事故発生日の前後を問わず、北九州国道工事々務所外管内各地へ、事務連絡その他所轄諸業務遂行上、毎日のように運転されており、少くとも運転日報上純粋の巡回業務のためにのみパトロールカーが運転されたと認められる場合には必ず毎日巡回日誌の作成がある(同年、二月一六日、三月八日、一六日、一七日、一九日以上一一一八号車、同年二月五日、七日、四日、二一日、二八日、三月一二日、四月二四日以上一〇〇二号車)

右認定の事実に基づいて被告国の不可抗力の抗弁を検討するに、確かに国家賠償法第二条の無過失責任を免ずべき不可抗力中には自然現象以外にも、管理責任者において道路上障害物の発見除去が人間の能力の限界を超える程度に時間的に余裕がなく、事故発生が真に止むをえないと認められる場合も含まれると解すべきであるが、同被告が本件セメントレンガの破片の落下時刻が午前一一時以降であることを前提として管理上の不可抗力を主張する点につき、当裁判所は首肯しがたいのである。何となれば、前認定のとおり、行橋維持出張所道路管理係員が同日同時刻頃本件セメントレンガ等の道路上障害物を発見することなく事故現場附近を通過した事実はあつても、之をもつて本件セメントレンガの不存在を推認する確証とすることは不充分であるし、寧ろ通過時速、レンガの大きさ、放置場所及び後記見分の態様等からすれば、既に存在した本件セメントレンガを見落した可能性が極めて大きいからである。

加うるに、抑々梶原健の右通過の所為がいわゆる毎日巡回といえるべき性質のものかについても大いに疑問を挿む余地がある。けだし、被告国行橋維持出張所道路管理係員が実施すべき毎日巡回が前認定の目的と内容を有する管理行為である以上、当該管理行為が最大限に真摯であり且つ之に専心して実施されなければならないことはもとより当然であるが、路側帯周辺の小障害物の有無のごときは、更に細心にして慎重な見分管理なくしては到底管理の実を挙げえないものというべきところ、前認定のとおり、梶原健は当目毎日巡回の正式担当者でもなく、北九州市小倉北区三萩野における他の用務の帰路毎日巡回を兼ねて見分通過したとはいうものゝ、その見分の態様も前後車輛の流れの中にあつて時速約四〇キロにて漫然通過したにすぎない疑いが強いのみならず、路側帯周辺の小障害物等の有無に対する格別の配意なり確認の工夫を凝らした形跡は全く見当らない上、同日の前四日間と同じく、毎日巡回日誌への記録もないこと(この点は前認定のとおり当時の行橋維持出張所は巡回結果に異常がないときは日誌を作成しない取扱いであつたというが、これでは巡回した事実そのものゝ記録がないことゝなつて右慣行自体極めて不自然である)等の諸事情を総合するときは梶原健の右通過の所為はあるべき巡回の姿とあまりにかけ離れており、之を目して真摯な管理行為としての毎日巡回を実施したと認めるにはいささか躊躇せざるをえないのである。

右のとおり、梶原健の所為がいわゆる毎日巡回の実施に該るとも断言しがたい事情を考え併せると、尚更、同人が本件セメントレンガの破片を発見しなかつたからといつてそれが不存在であつた事実の確実な証左となるべきものでないことが明らかである。

してみれば本件セメントレンガの破片が同日午前一一時頃不存在であつたことを前提としてその発見除去が時間的に不可能であつた旨強調する被告国の不可抗力の抗弁は、前提事実を欠くものとして失当であり、所詮採用の限りでない。

(4)  被告国の責任

よつて被告国は国家賠償法第二条により亡修司が本件セメントレンガの破片により転倒し、後記訴外馬場英敏運転車輛に轢過されて死亡したことによる損害を賠償すべき責任を有するといわなければならない。

三被告丸全昭和運輸株式会社の免責事由

被告会社は自動車損害賠償法第三条但書の免責事由の存在を主張し、訴外馬場英敏の無過失を強調するのであるが、之を認むべき証拠はなく、却つて前認定の事実に徴すれば、同訴外人が自車の進路前方35.28メートルの外側線上附近に亡修司の自転車を認めた後之を追越すに当つては、追越完了まで先行自転車の動静に対する注視を怠るべからざるはもちろんであるが、追越場所の路側帯巾が極端に狭隘になつており、自転車運転者が少年であつたのであるから、追越前適当な距離をおいて予め警音器を鳴らして警戒させて、自転車の右側方に一定の間隔が保持きるよう進路変更し且つ減速し乍ら追越にかゝるべき注意義務があるに拘らず之を怠り、減速、進路変更、警音器吹鳴、側方間隔の留意等特段の措置を講ずることなくその儘進行し、自転車進路の右側方4.50センチメートルの間隔にて追越にかゝつたのみならず一時対向車線に配意する余り亡修司運転の自転車に対する注視を忘れ、9.60メートルに近接するまで該自転車の転倒に気付かず転倒発見が一瞬遅れたことにより、亡修司を轢過するに至つたことが明らかであるから、事故発生につき過失の責を免れず、従つてまた被告会社は亡修司の死亡による損害賠償責任を免れるものではないといわなければならない。

四亡修司の過失

亡修司は当時一二才の少年であつたが、証人浪治一友の証言と原告大神靖夫本人尋問の結果を併せ考えれば事故発生の一五日位前原告らから予て乗り慣た子供用二二インチ自転車を子供用二四インチ自動車に買い替えて貰い、未だ充分に習熟した運動技輛とはいい難かつた上乗車の儘では身体を傾けないと脚が地面につかない自転車であつたことが認められるところからすれば、このような状態で交通頻繁な国道一〇号線をサイクリングすること自体危険極まりないことゝいわなければならないが、更に事故発生現場附近は道路巾が極端に狭い、交通量の多い道路であるから、自転車運転者としては充分な前方注視義務と適切なハンドル操作を尽し小石等小障害物の発見避難に欠けることがないよう減速徐行すべきに拘らず、(これは自動車運転者と比較すれば容易である)前認定の事実によれば、格別に減速徐行等なすことなく且つ前方注視義務又は適切なハンドル操作に欠けたゝめ本件セメントレンガの破片に気付かなかつたか又は気付いても運転未熟のため之を避難できず自転車を乗り上げ転倒したものと推認できるのであつて、亡修司の右過失は事故発生の重大な一因をなすものといわなければならない。

しかして、亡修司の右過失は損害額の算定に当り斟酌されるべきであり、その割合は、前示諸般の事情に照し、全損害額の八分の五を控除するをもつて相当と認められる。

三損害

(一)  亡修司分

(イ)  逸失利益

亡修司は事故当時満一二才の健康な男児であつたこと前示のとおりであるから、死亡しなければ、満二〇才から満六七才までの四七年間就労可能であり、その間一般労働に従事して平均的賃金収入を得たであろうことは容易に推知することができる。

しかして労働省統計情報部作成昭和五〇年度賃金センサス賃金構造基本統計調査第一巻第一表によれば、企業規模計、学歴計男子労働者の月々きまつて受給する現金給与額と賞与その他特別給与額の合計は年間金二三七万八〇〇円であるから、生活費としてその二分の一を控除した上、年別複式ライブニツツ方式により四七年間年五分の中間利息を控除して、亡修司の逸失利益総額を算出すると(但し、当裁判所は養育費の控除はしない)、左の算式のとおり金一四四二万六五五五円となる。

(ロ)  慰藉料

前認定のごとき事故発生の態様等諸般の事情(但し亡修司の過失は、定額的慰藉料算定の便宜に資するため、一応除く)を考慮すれば、亡修司の過失相殺前の慰藉料としては、金三〇〇万円をもつて相当と認める。

(ハ)  過失相殺と相続

右(イ)(ロ)の合計金一七四二万六五五五円につき前記割合に従つて過失相殺すれば、被告らにおいて負担すべき亡修司の逸失利益と慰藉料の損害合計額は、

(円未満四捨五入)

金六五三万四九五八円となるところ、〈証拠〉によれば、亡修司の死亡により原告ら両名が各二分の一の割合において同人の権利義務一切を承継取得したことが認められるから、各原告が相続により承継取得した亡修司の逸失利益と慰藉料の損害賠償債権は、右金六五三万四九五八円の二分の一の、金三二六万七四七九円となる。

(二)  原告ら分

(イ)  葬祭料

弁論の全趣旨と経験則に徴すれば、修司の死亡により、父母である原告らは、その葬儀を取行い、葬祭料として少くとも各金一五万円の合金計三〇万円の支出を要し、右同額の損害を被つたことが窺える。

(ロ) 固有の慰藉料

前認定の諸事情(但し亡修司の過失は前同様の理由から一応除く)を考慮すれば、原告らは一瞬にして愛する長男を失い、甚大な精神的苦痛を被つたことが明らかであり、その慰藉料は、各金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(ハ) 過失相殺

右(イ)(ロ)の合計金一一五万円につき、前記割合に従つて亡修司の過失を斟酌すれば、被告らにおいて、各原告に対して負担すべき損害額は、

各金四三万一二五〇円となる。

(ニ) 弁護士費用

原告らが本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任していることは記録上明らかであり、相当額の着手金、報酬を右代理人に支払うべきことは弁論の全趣旨から之を窺知できるところ、本訴事案の内容と立証の難易等前示諸般の事情を総合すると、被告らが本件事故による損害金として各原告に対して支払うべき弁護士費用は各金一〇万円をもつて相当と認める。

六以上の次第であるから、被告らは各原告に対し、各自前項損害合計金三七九万八七二九円から、各原告において既に弁済受領済であることを自陳する合計金五〇〇万円一人当り金二五〇万円を控除した残金一二九万八七二九円及び之に対する不法行為発生の日である昭和四八年四月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるといわなければならない。

よつて原告らの本訴各請求は、右の限度において正当であるから之を認容し、その余は失当であるから之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、第九二条、仮執行の宣宣言及びその免脱の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(鍋山健)

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